正当科学には、暴走を防ぐためのリミッターが何重にも組み込まれている。それを外してしまえば、驚くほど自由な運転ができるのだよ、と疑似科学はいう。人類に幸福をもたらす大発見が目の前にあるのに、どうして窮屈な世界に戻らなければならないのだろうか?手足をしばられて、少しずつしか前に進むことのできない科学者を横目でみながら、疑似科学は自由すぎる運転を繰り広げているのである。
引用)菊池 聡. 『なぜ疑似科学を信じるのか』(2012)化学同人
みなさん,こんにちは。
シンノユウキ(shinno1993)です。
栄養学の専門家である管理栄養士でも,現代の標準治療の範疇ではない「オーソモレキュラー療法」を支持してしまう人がいます。なぜそんなことになってしまうのか,少し考えてみたいと思います。
「オーソモレキュラー療法」とは?
一般の方にも専門家にもあまり知られていない
このブログを読んでいる方の中には,「オーソモレキュラー療法」を詳しく知らないという方もいるかと思います。栄養学に特段の興味がない一般の方は当然として,専門家でも知らないという方は多いかもしれません。
もし栄養士・管理栄養士といった栄養学の専門家がこのオーソモレキュラー療法を知らないとしても,それは不思議ではありません。なぜなら,第一線で活躍し,まっとうな栄養学を学んで実践している専門家であれば,おそらく触れることがない言葉だと思うからです。
私の「オーソモレキュラー療法」との出会い
私が「オーソモレキュラー療法」を知っているのは,たまたまTwitterでそれに関するツイートが流れてきたからです。それで知るまでは,オーソモレキュラー療法については全く知りませんでした。そのツイートには「最強の栄養療法」といった,管理栄養士である私がスルーできない魅力的なフレーズまでついていました。
さっそく「オーソモレキュラー療法」とGoogleで検索してみました。検索結果の上の方には,なんだかいい感じ(新しすぎず,でも古すぎないデザイン)のWebサイトが表示されました。ぱっと見はいい感じでしたが,詳しく見ていった際になんだかおかしな点に気づきます。現在の標準治療を否定し,極端に栄養の重要性を説く姿勢に怪しさを感じました。
そこで,そのWebサイトを離れ,さらに調べていくことにしました。とりあえずWikipediaにたどり着きました。Wikipediaでは,オーソモレキュラー療法に関する否定的な意見が書かれており「これはやっぱりおかしい…?」との見解に達しました。
「オーソモレキュラー療法」は疑似科学
オーソモレキュラー療法に関する書籍も買ってみました。リンクは貼りませんが,おそらくオーソモレキュラー療法に関する出版物で最も読まれているものかと思います。しかし,この書籍を読んでも,トンデモ健康法や疑似科学によくある論調で,結局は私の懐疑を深める結果となりました。
最終的には自分でしっかりと調べて結論を出すしかない。ということで調べて書いたのが以下のブログ記事です:
結論をわざわざ書くのも無粋というものかもですが,まぁ「疑似科学である」と私は判定しました。
疑似科学に傾倒してしまう管理栄養士たち
と,このような烙印を(私から)押されたオーソモレキュラー療法ですが,これに傾倒してしまっている管理栄養士の方は,私の知る限り一人や二人ではありません。Twitter上だけでも,非常にたくさんのオーソモレキュラー療法に傾倒した管理栄養士を確認できます。
管理栄養士資格を有している方は,栄養学の分野では専門家である自覚を持たなければなりません。なぜなら,管理栄養士は民間の講習を受講しただけで取得できるような資格ではなく,大学や短大などで栄養学に関して専門的に勉強し,なおかつ国家試験を受験して合格しなければ取得できない資格だからです(特に難易度が高いわけではないでしょうが)。この資格を取得して肩書に管理栄養士をつける場合は専門家としての自覚が必要となるような資格だと思います。
にもかかわらず,なぜオーソモレキュラー療法に傾倒してしまう人がいるのでしょうか。以下では,主に私の主観に従った意見を提示してみようと思います。残念ながら客観的に観察できるデータに基づいているわけではありません。あくまでも私の意見である,という前提のもとご覧いただければと思います。
理由①栄養で解決できることの多さ
なぜ,標準的な栄養学をしっかりと学んだ管理栄養士が,そのような疑似科学に傾倒してしまうのか。その理由の1つとして,オーソモレキュラー療法が栄養で解決できることの多さがあるのではないかと思います。
標準的な栄養学では,栄養にできることはそれほど多くはありません。適切な栄養素を摂取したからといって,直接にガンを小さくできないことは多くの方が知っていることだと思います。もちろん,ガン患者に必要な栄養素を投与することは重要ですが,外科的切除やレーザー治療などは栄養だけでは不可能です。
しかしオーソモレキュラー療法では,そのような事実はお構いなしです。先に紹介したブログ記事でも紹介しましたが,高濃度ビタミンCの投与によってガン細胞を攻撃できるとしています。
もしこれが本当であれば,私でもオーソモレキュラー療法を積極的に支持・推奨するかもしれません。管理栄養士のある意味使い慣れた道具であるビタミンが,日本人の死亡原因第一位であるガンに対する治療法となるのですから。これほど胸躍ることはありません。
しかし,それは現実ではありません。管理栄養士にとっての栄養は,外科医にとってのメスのように手に馴染んだ道具かもしれませんが,その用途は異なります。メスがガンの予防に貢献することがないように,栄養もまたガン細胞を直接切除することはできないのです。
また私は,管理栄養士は栄養素をそれ単体で考えることはしてはいけない,と考えています。あくまで,栄養素の含まれた食品や料理,またその集合体である食生活といった単位で栄養素を俯瞰する,そういった立場であるべきです。なので,サプリメントも妊娠の可能性のある女性への葉酸などの一部の例外を除き,積極的な推奨は行わない。あくまでも日常の食事の中から摂取してもらうように指導すべきです。管理栄養士としての基本に立ち返れば,たとえオーソモレキュラー療法に魅力的に見える点が多くあっても,それに傾倒することはないはずです。
理由②お金が動く
次に,管理栄養士がオーソモレキュラー療法に傾倒する理由として,お金が動くということがあげられるかもしれません。
オーソモレキュラー療法は標準治療ではありませんので,保険が適用されません。なので,オーソモレキュラー療法に関する何らかの処置を受けた場合,それは高額になりがちです。たとえば,オーソモレキュラー療法に関する書籍などを執筆され,その界隈では有名な先生の場合は診察料と血液検査などによる栄養解析などを含めて約30,000円の初回費用がかかるとのことでした。これに加えて,医療用のサプリメントを処方する場合は一月におよそ30,000円~60,000円ほどの費用が追加で必要だと書かれていました。
これは医師の場合ですが,管理栄養士がオーソモレキュラーに則って栄養指導などを行う場合はなぜかファスティング(断食)が追加されたりします。管理栄養士の場合はガン治療におけるビタミンC点滴療法などの医療行為を行えないためでしょうか,比較的に健康な方を対象にしたファスティングに魅力を見出すのかもしれません。
このファスティングの方法を教えるために講習会だったり,またファスティングをサポートする?ための酵素ドリンクだったり,お金を動かすための口実がたくさん存在します。
全うな栄養士だと,これらに手を出すことはありません。管理栄養士と栄養士について,日本栄養士会のホームページでは以下のように説明しています:
管理栄養士は、厚生労働大臣の免許を受けた国家資格です。病気を患っている方や高齢で食事がとりづらくなっている方、健康な方一人ひとりに合わせて専門的な知識と技術を持って栄養指導や給食管理、栄養管理を行います。一方、栄養士は都道府県知事の免許を受けた資格で、主に健康な方を対象にして栄養指導や給食の運営を行います。
引用)https://www.dietitian.or.jp/students/dietitian/
基本的には「専門的な知識と技術」を持って行う「栄養指導」が主な仕事です。なので,標準的な専門知識の範疇ではないサプリメントの投与やファスティングにはたどり着きづらくなっています。妊娠する可能性のある女性に対する葉酸サプリメントの摂取など一部の例外はありますが,現代の栄養学ではそれらを推奨することはありません。つまり,標準の治療だけではお金が動きにくいのです。
標準治療では不可能なお金の動き。これも,管理栄養士がオーソモレキュラー療法に傾倒する理由なのかもしれません。
まとめ
今回はなぜ管理栄養士でもオーソモレキュラー療法に傾倒してしまうのかについて,意見を書いてみました。少しでも参考になれば。