みなさん,こんにちは。
シンノユウキ(shinno1993)です。
今回は食品標準成分表の新旧比較についてです。食品標準成分表は,最近では5年ごとに改訂され,また毎年のように追補が公表されています。こういった成分表の新旧比較とその際の留意事項について書いていきます。
野菜の栄養価は減っている?
先日,サプリメントについての情報を求めネットサーフィンをしていたところ,下記のページに行き着きました:
大塚製薬が販売を行っているサプリメント「ネイチャーメイド」についてのページです。そこに下記の図が掲載されていました:
何の説明もされなくても,ぱっと見ただけで何が言いたいのか理解できる,非常にわかりやすい図です。
同様のことを示した図は,なにもネイチャーメイドのHPだけに見られるものではありません。ちょっと検索してみると,似たような図を見ることができます(野菜 栄養価 低下 で画像検索)。やや使い古されたネタだと思っていましたので,未だにこういった情報を企業HPに掲載していることにも驚きます。
上記の図は,結局のところ何を示しているのでしょうか。推測するに,1950年の食品標準成分表と2015年の食品標準成分表を参照し,各年でそれぞれの野菜の栄養素量を比較し,含まれる栄養素量がどれだけ減ってしまったかを説明しているのだと思います(ただしその場合,上記図の出典は誤っています。追補2017年には上記食品の成分値は掲載されていないからです。図の製作者が食品標準成分表に詳しくないことが推測できます)。
しかし,もしそういった意図があるのだとすれば,それは誤っていると言わざるを得ません。なぜならば食品標準成分表は旧版と新版との比較がかなり難しいからです。
食品標準成分表の新旧比較について
単純な新旧比較はできない
旧版と新版の食品標準成分表では,分析法等の違いにより,掲載されている成分値を単純に比較することができません。
これについては,文科省が公開している「日本食品標準成分表に関するQ&A」(平成31年1月分)にも,下記のように記載があります:
日本食品標準成分表の策定に当たっては、初版から今回の七訂に至るまでのそれぞれの時点において最適な分析方法を用いています。したがって、この間の技術の進歩により、分析方法に違いがあります。分析に用いた試料についても、それぞれの時点において一般に入手できるものを選定しているため、同一のものではなく、品種、産地等が変化している場合もあります。また、ヒトの栄養や生理学研究の進展により栄養素の定義や成分も変遷しています。このため、それぞれの改訂版、追補等においては、適用した分析法、成分の定義、供試した試料の性状、成分値決定の根拠としたデータの由来等について、詳細に説明しているところです。このように成分値に影響する諸条件が各改訂時点では異なるため、食品名が同一であっても各版の間における成分値を比較することは適当ではありません。
「日本食品標準成分表に関するQ&A」(平成31年1月分) 2020/08/09アクセス
つまり,栄養素の分析法や栄養素の定義,使用した試料の性状等が異なるため,同じ食品名であったとしても単純に比較することはできません。
分析法の違いによる成分値の違い
これを読んで,たかが分析法と思う方もいるかもしれません。しかし,分析法によって成分値は大きく異なります。これを理解するため,同一の試料を使用し分析法の違いによってビタミンCの含有量を比較した研究を参照してみます(R)。
なおビタミンCについては,下記のとおり分析法が変わってきています:
例として,「ほうれん草」について確認してみましょう。同じほうれん草を用いて,(1)滴定法・(2)比色法・(3)HPLC法のそれぞれで測定された値を下記に掲載します:
これを見ても分かる通り,同一試料を用いていたとしても,分析法によって栄養素量が大きく異なることが理解できるかと思います。
新旧比較の留意事項
追補への対応について
上記の例は,旧版の成分表と新版の成分表との比較でした。では「追補」についてはどうでしょうか。
近年の食品標準成分表は,基本的には5年ごとに改訂されてきました。しかし最近ではこれに加え「追補」として,その時点で蓄積されているデータを改訂を待たずに公表する傾向にあります。
しかしながら,これによりやや複雑な状況が発生してしまいます。文部科学省が公開している,追補2018年まで対応した「食品成分データベース」を参照してみます(2020/08/09アクセス)。これで,「こめ めし」と検索してみます。そして,食品番号 01085 こめ/[水稲めし]/玄米と,01088 こめ/[水稲めし]/精白米/うるち米の食物繊維総量を比較してみます。すると,下記のようになります:
- 01085こめ/[水稲めし]/玄米:1.4g
- 01088こめ/[水稲めし]/精白米/うるち米:1.5g
なぜか玄米で食物繊維が少なくなってしまっています。「玄米で食物繊維が多いのは嘘?食物繊維を摂るためには精白米!」なんて記事を書きたくなりますが,残念ながらそれは無理です。これは,先に説明したような分析法の違いによるものです。
2018年の追補では,一部の食品について新しい分析法による食物繊維の値が掲載されました。その一部の食品に01088 精白米は含まれますが,01085 玄米は含まれなかったのです。そのため「食品成分データベース」は,新旧の分析法が混在した形になってしまっているのです。両方とも旧来の方法でそろえてあげると,玄米の方で食物繊維が多くなります。
表に示してみると下記のようになります:
各改訂版に加え,追補も含めて成分値を比較するのが難しいことが理解できるかと思います(個人的には,各版の成分値を比較してはいけない旨を説明している文科省が,追補を適応した成分データベースを公開するのもどうかとは思うのですが)。
栄養調査の結果の解釈
また成分表の新旧比較の影響は,栄養調査の結果を解釈する際にも生じてきます。下記の図は,1946年度から2000年度までの国民栄養調査等で得られたビタミンAと鉄の摂取量の推移を示したものです。
ぱっと見てわかるように,1955年度で大きく変化しています。この急激な変化は,食品に含まれる栄養価が根本的に減ってしまったのではなく,また日本人の食べるものが大きく変わったのでもなく,それ以外に要因があると考えた方が適当そうです。
1955年度は,使用する成分表が改訂された時期です(日本食品成分表→改定日本食品標準成分表)。これにより栄養素摂取量(の推定値)が大きく変化したと考えられます。鉄の分析法が変更され(酸化還元滴定→1,10 - フェナントロリン吸光光度法),それにより成分値も変わりました。一方ビタミンAは,それまでビタミンA + カロテンの量をIUとして示されていました(つまり,カロテンの利用率を考慮していなかった)が,この年から,ビタミンAにカロテンを1/3に換算した値を加えるようになりました。これらにより摂取量は大きく変化しました。
国民健康・栄養調査による栄養素摂取量の推移は,話題になりやすい事項です。しかしながら,使用される成分表の変更なども随時発生するため,前後比較の際には注意が必要となります。
まとめ
今回は食品標準成分表の新旧比較について紹介しました。
食品標準成分表の新旧比較は,基本的にはできません。また改訂版と同様に追補についても注意が必要です。同様に食品標準成分表を使用して栄養素摂取量を算出する食事調査についても前後比較等には注意しなければなりません。